大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成3年(ワ)2611号 判決

原告

相原久仁子

外一〇六六名

平成三年(ワ)第二六一一号事件・平成三年(行ウ)第九〇号事件

・平成四年(行ウ)第六号事件・平成六年(ワ)第六三九号事件

各原告ら訴訟代理人弁護士

池田真規

澤藤統一郎

中山武敏

板垣光繁

榎本信行

梓沢和幸

児玉勇二

加藤朔郎

宇都宮健児

安養寺龍彦

内藤雅義

海部幸造

白谷大吉

椎名麻紗枝

倉内節子

木村晋介

鈴木利廣

原田敬三

二瓶和敏

加藤文也

田﨑信幸

安田秀士

盛岡暉道

門井節夫

上野登子

渡邊彰悟

青木孝

大川隆司

田中重仁

平成三年(ワ)第二六一一号事件・平成三年(行ウ)第九〇号事件

・平成四年(行ウ)第六号事件各訴訟復代理人及び

平成六年(ワ)第六三九号事件訴訟代理人弁護士

尾崎陞

後藤昌次郎

宮原哲朗

間部俊明

山本政明

楠本敏行

内藤功

平成三年(ワ)第二六一一号事件訴訟復代理人及び

平成六年(ワ)第六三九号事件訴訟代理人弁護士

徳岡宏一朗

平成三年(ワ)第二六一一号事件・平成三年(行ウ)第九〇号事件各訴訟復代理人及び

平成六年(ワ)第六三九号事件訴訟代理人弁護士

三井明

平成三年(ワ)第二六一一号事件・平成三年(行ウ)第九〇号事件

・平成四年(行ウ)第六号事件各訴訟代理人弁護士

渡邊春己

藤本克美

名嶋聰郎

平成三年(ワ)第二六一一号事件・平成三年(行ウ)第九〇号事件

・平成四年(行ウ)第六号事件各訴訟復代理人弁護士

田中由美子

松井繁明

清水洋

鷲見賢一郎

高山俊吉

岡田啓資

山本真一

茨木茂

勝山勝弘

米倉勉

門屋征郎

勝部浜子

山本裕夫

黒澤計男

秀嶋ゆかり

清水順子

千葉一美

井上猛

佃俊彦

小林和恵

小川光郎

笹隈みさ子

児嶋初子

小山久子

阿部和子

後藤潤一郎

中北龍太郎

足立定夫

山田忠行

玉木昌美

井上正信

石田吉夫

佐々木良博

平成三年(ワ)第二六一一号事件訴訟復代理人弁護士

山田裕四

平成三年(ワ)第二六一一号事件・平成三年(行ウ)第九〇号事件

・平成四年(行ウ)第六号事件各訴訟復代理人弁護士

渡辺脩

被告

右代表者法務大臣

長尾立子

右指定代理人

山田知司

外五名

主文

一  本件訴えのうち、原告剣持一巳、原告大橋聰美、原告依田駿作及び原告米田奈柄の各訴えをいずれも却下する。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  原告らの請求

一  別紙当事者目録平成三年(ワ)第二六一一号事件原告欄記載の原告剣持一巳及び原告大橋聰美の請求

(主位的請求)

被告が平成三年三月一二日付けの湾岸アラブ諸国協力理事会との間の交換公文に従って同理事会に対して九〇億ドル(一兆一七〇〇億円)を支出したことが憲法に違反することを確認する。

(予備的請求)

被告が平成三年三月一二日付けの湾岸アラブ諸国協力理事会との間の交換公文に従って同理事会に対して九〇億ドル(一兆一七〇〇億円)を支出したことが違法であることを確認する。

二  別紙当事者目録平成三年(行ウ)第九〇号事件原告欄記載の原告依田駿作及び原告米田奈柄の請求

(主位的請求)

被告が平成三年四月二四日付け閣議決定及び同日付け安全保障会議決定に基づいて海上自衛隊の掃海母艦、掃海艇及び補給艦並びに自衛隊員をペルシャ湾に派遣したことが憲法に違反することを確認する。

(予備的請求)

被告が平成三年四月二四日付け閣議決定及び同日付け安全保障会議決定に基づいて海上自衛隊の掃海母艦、掃海艇及び補給艦並びに自衛隊員をペルシャ湾に派遣したことが違法であることを確認する。

三  別紙当事者目録原告欄記載の原告ら全員の請求

被告は、原告らそれぞれに対し、各金一万円を支払え。

第二  事案の概要

本件は、我が国が平成三年三月一二日付けの湾岸アラブ諸国協力理事会との間の交換公文に従って同理事会に設けられた湾岸平和基金に対して一兆一七〇〇億円(当時のレート一ドル一三〇円換算で九〇億ドル相当、以下「本件拠出金」という。)を拠出したこと(以下「本件拠出」という。)はいわゆる戦費の拠出に当たり、また、我が国が平成三年四月二四日付けの「政府は、自衛隊法(昭和二九年法律第一六五号)九九条の規定に基づき、我が国船舶の航行の安全を確保するために、ペルシャ湾における機雷の除去及びその処理を行わせるため、海上自衛隊の掃海艇等をこの海域に派遣する。」旨の安全保障会議決定及び閣議決定に基づく掃海艇等を派遣したこと(以下「本件派遣」という。)は武力の行使に当たり、本件拠出及び本件派遣はいずれも我が国が戦争に加担したものであり違憲違法であるとする原告らが、右違憲違法な本件拠出及び本件派遣により原告らの権利ないし法的利益を侵害されたとして国家賠償法一条一項に基づき損害賠償を請求するとともに、原告剣持一巳及び原告大橋聰美が、本件拠出の違憲違法確認を、原告依田駿作及び原告米田奈柄が、本件派遣の違憲違法確認を求めている事案である。

一  当事者間に争いのない事実、当裁判所に顕著な事実並びに証拠(甲ろ号証の一ないし五三〇(ただし、欠番を除く。)、甲ほ号証の一ないし五八、甲な号証の一、五、九及び一〇、甲よ号証の一ないし六、甲う号証の一、乙一号証の一及び二、二号証ないし四号証)及び弁論の全趣旨により認定できる事実

1  平成二年八月二日、イラクがクウェイトに侵攻し、これを併合したことから勃発したいわゆる湾岸危機は、同年一一月二九日の国際連合安全保障理事会(以下「国連安保理」という。)決議六七八等の関連決議、平成三年一月一七日から開始されたいわゆる多国籍軍によるイラク攻撃等を経て、イラクが国連安保理決議六八七を受諾し、同年四月一二日、国連安保理議長から正式停戦の効力の発生を宣言する書簡が手交されたことにより正式停戦の成立をみた。

2  日本政府と湾岸アラブ諸国協力理事会は、平成二年九月二一日に湾岸平和基金を設立したが、平成三年一月二五日、日本政府は、閣議了解を踏まえ一兆一七〇〇億円(当時のレート一ドル一三〇円換算で九〇億ドル相当)を補正予算に計上し、同補正予算とその財源の確保に係る臨時措置に関する法律の成立を受けて、右同額の資金を、同年三月一二日付けの湾岸アラブ諸国協力理事会との交換公文に従って、同月一三日、湾岸平和基金の有する銀行口座に支払う方法で本件拠出を行った。

右交換公文においては、本件拠出金については、湾岸の平和と安定の回復のため国連安保理の関連諸決議に従って活動している各国を支援するために使用され、また、その具体的使途については、湾岸平和基金の運営委員会により決定される旨が記載されている。

湾岸平和基金の運営委員会からは、本件拠出金は、米国等各国の輸送関連、医療関連、食料・生活関連、事務関連、通信関連、建設関連の六分野の使途に当てられた旨の報告がされている。

3  日本政府は、湾岸危機の勃発から正式停戦に至るまでの間にイラクによって敷設された機雷について、我が国船舶の航行の安全を確保するためにペルシャ湾における機雷の除去及びその処理を行わせるべく、平成三年四月二四日付けの「政府は、自衛隊法(昭和二九年法律第一六五号)第九九条の規定に基づき、我が国船舶の航行の安全を確保するために、ペルシャ湾における機雷の除去及びその処理を行わせるため、海上自衛隊の掃海艇等をこの海域に派遣する。」旨の安全保障会議決定及び閣議決定をした。

右閣議決定等及びこれに引き続く指揮命令を受けて編成されたペルシャ湾掃派遣部隊(以下「本件部隊」という。)は、掃海母艦「はやせ」、掃海艇「ひこしま」、「ゆりしま」、「あわしま」及び「さくしま」並びに補給艦「ときわ」の六隻からなり、派遣人員は約五一〇名であった。

本件部隊は、同月二六日、横須賀、呉、佐世保の各港を出航し、各寄港地を経由して、同年五月二七日、アラブ首長国連邦のドバイに入港した。本件部隊は、同年六月五日から同年七月二〇日までの間、クウェイト東方約一〇〇キロメートル沖合の第七機雷危険海域(MDA七)において掃海作業を行い、その後、シャトルアラブ川河口約二〇ないし四〇キロメートル沖合の第一〇機雷危険海域(MDA一〇)に移動して同月二九日から同年八月一九日までの間掃海作業を行った。さらに、本件部隊は、クウェイト沖合の航路等において掃海作業に従事した。

本件部隊は、同年九月二三日、その任務を終了してドバイを出航し、各寄港地を経由して、同年一〇月三〇日、呉に入港して帰国し、右帰国をもってその編成を解除された。

4  本件拠出及び本件派遣については、我が国において激しい議論が行われ、平和運動を行う市民団体等においても、これに抗議する運動等が行われるなどした。原告らは、平和を希求する市民の立場で、市民平和訴訟と題して本件訴訟を提起した。

二  本件拠出及び本件派遣の違憲性、違法性についての原告らの主張の要旨

1  平成二年八月二日、イラクがクウェイトに侵攻し、これを併合したことから勃発した湾岸危機は、平成三年一月一七日にいわゆる多国籍軍が武力行使を開始したことにより湾岸戦争に発展するが、湾岸戦争に関してなされた本件拠出及び本件派遣は、以下に詳述するように我が国による湾岸戦争の戦費の負担及び我が国による武力の行使であり、違憲、違法なものである。

2  憲法は、国権の発動たる戦争、武力行使、武力による威嚇を無条件に禁止しており、我が国が戦争や武力行使に加担したり、参戦したりすれば、戦争や武力行使の大義名分の有無にかかわらず憲法違反となることは明白であるが、湾岸戦争の大義名分が全くの虚構であり、戦争の実態が非道かつ凄惨であるという事実は、被告の行為の違法性の重大性及び原告らの精神的損害の生ずる所以を論証する上で不可欠のものである。

湾岸戦争の端緒がイラクのクウェイトに対する侵攻であったことは事実であるが、クウェイトの自衛のための戦争を支援するという正義の装いをしながら、ほとんど無制限の武力行使に拡大させた湾岸戦争の実態は、元を質せば正義の戦争どころではなく、この機会を待ち望んでいたアメリカ合衆国(以下「米国」という。)等を中心とする超大国が、この機会を最大限に利用して、戦略資源としての石油の確保と石油の利権を支配する巨大な国際石油資本の利益を確保するための石油戦争であったのである。

平成二年八月二日のイラクのクウェイト侵攻に対し、国連安保理は、同日、これを非難し、即時かつ無条件の撤退を要求する決議(決議六六〇)をした。しかし、イラクがこれを遵守しなかったため、国連安保理は、同月六日、すべての国がイラクに対する経済制裁をすることを決議(決議六六一)した。ところが、米国大統領は、決議六六一の平和的・非軍事的手段によるイラク制裁措置の効果を待つことなく、右同日に「砂漠の盾」作戦行動を決定し、サウジアラビアに同年一一月初旬までに二〇万人、その後三〇万人という大軍を派遣した。その理由とされたのは、イラク軍がサウジアラビアに侵攻する可能性があるということであったが、右は口実にすぎず、この時期に米国政府はイラク軍がクウェイト南部からイラク本土に撤退しているという報告を受けていたし、戦争終了後もイラクがサウジアラビアに侵攻しようとしていた形跡は全くなかった。

このように、米国は、国際連合(以下「国連」という。)と関係なく、クウェイト政府に協力する国連加盟国に呼びかけて、米軍の派兵に協力することを要請した。日本政府は、これを受けて、同年八月二九日には湾岸危機貢献策を発表して協力を表明し、翌三〇日には米軍及び多国籍軍への一〇億ドルの援助を、同年九月一四日には更に一〇億ドルの上積み及び周辺国に二〇億ドルを支援することを決定し、その後も本件拠出を含む資金提供等を行った。

イラクが国連安保理決議六六〇を無視して依然としてクウェイトから撤退しないので、米国の強い要請により、国連安保理は、同年一一月二九日、イラクが平成三年一月一五日までにこれまでの決議を完全に履行しなければ、クウェイト政府に協力する加盟国に対して国連安保理決議六六〇とこれに続く関連決議を支持、履行し、国際の平和と同地域の安全を回復するためあらゆる必要な手段を行使する権限を付与する旨の決議(決議六七八)をした。米国大統領は、右決議を国連による武力行使の承認と解釈し、他のクウェイト政府に協力する加盟国とともにイラク軍に比して圧倒的に大量の軍隊を派遣して、イラクへの軍事攻撃の準備を整えた上、平成三年一月一七日、「砂漠の嵐」作戦と命名した大規模なイラク攻撃作戦、すなわち、湾岸戦争を開始した。そして、右作戦による激しい空爆によりイラク軍はほぼ壊滅し、クウェイト市からの撤退が始まっていたにもかかわらず、同年二月二四日には、「砂漠の剣」作戦と命名された地上戦が開始されたのである。

ところで、米国政府は、国連安保理決議六七八が採択されるよう、様々な援助の追加、増額や打切りといったような手段で公然と収賄、恐喝、圧力行使を行っていたことからすれば、このようにして成立した決議は国際社会の良識ある理性的な判断とはいい得ず、この決議に実質的な意義はなく、武力行使の違法性がこの決議を理由としていささかも薄れるものではない。また、イラクに対する経済制裁は過剰なまでに有効であり、戦争は十分避けられたものであるのに、米国はあえて戦争を選択したものであり、湾岸戦争は到底正義の戦争などとはいえない。

そして、湾岸戦争を開始し遂行するために、様々な報道管制、情報操作による世論操作が行われたのであり、その例は、少女ナイラ証言やイラク環境テロとしての水鳥報道などイラクとフセイン大統領の蛮行を印象づけるよう演出され作りだされた報道やピンポイント爆撃映像などによりイラク一般市民の被害がないかのような印象を与えるための報道など枚挙にいとまがない。

多国籍軍の圧倒的軍事力によって生じた殺戮、被害の悲惨さはいうまでもない。イラク軍はもちろん、イラク一般市民も爆撃等による直接的な被害に加え、ライフラインが破壊されたことにより極めて甚大かつ凄惨な被害を受けた。また、湾岸戦争は、人類最古の文明の発祥地であるイラクの文化を灰塵に帰せしめた上、ペルシャ湾への原油の流出、油田火災などによる重大な環境破壊をもたらしており、その人的、物的損害は甚大かつ凄惨なものであり、原告らに著しい精神的苦痛を与えている。

3  我が国が多国籍軍に拠出した本件拠出金は戦費そのものである。

戦費という概念は、国家が戦争を遂行するに当たって臨時に必要とする経費であり、常備兵力の維持管理費と区別されるものである。被告は、本件拠出金の具体的使途については、輸送関連、医療関連、食料・生活関連、事務関連、通信関連、建設関連の六分野である旨釈明するのみで、それ以上の詳細な内容は不明であるが、右六分野の費用は、まさに、戦争を遂行するために必要不可欠な費用であり、戦費にほかならない。

そして、現代戦は短期間に巨大な戦費を要する総力戦となり、戦費の負担に耐えられるか否かが勝敗の帰趨に絶対的な影響を与え、戦費の調達ができなければ戦争を継続することも不可能となる。我が国が拠出した本件拠出金は、米国軍の戦費の主要な財源であり、湾岸戦争を遂行する上で不可欠なものであった。そして、戦費を負担するということは、一方当事者として戦争に参加、すなわち参戦することにほかならないのである。

したがって、本件拠出が、憲法が明確に禁止する武力による威嚇又は武力の行使と同視され、憲法の恒久平和主義を踏みにじる違憲性の極めて強いものであることは明らかである。

また、国の財政は憲法の諸原則に合致する福祉、平和という目的のために使用されるべきであり、財政法二条一項に定める「国の各般の需要」とは福祉、平和の目的に合致する需要に限定されることは明らかであるし、本件拠出金は、日本が加盟していない湾岸アラブ諸国協力理事会に設けられた湾岸平和基金に支払われたものであるが、日本が加盟していない国際機関に資金を拠出することが「国の各般の需要を充たす」ことにならないことも明らかである。また、本件拠出金の財源として赤字国債九六八九億円を発行したことは、公債不発行の原則を規定する財政法四条に反するのみならず、違憲の目的(戦費の支出)のために赤字公債を発行することは憲法にも違反することになる。さらに、右赤字国債を償還する財源とするため、法人臨時特別税と石油臨時特別税が創設されたが、右は一種の戦争目的税であり、これ自体が憲法に違反する法律に基づく違憲な租税であるから、違憲な租税を財源とする戦費の支出は二重の意味において憲法に違反する。

4  本件派遣は、憲法九条の禁止する武力の行使にほかならない。

本件派遣の目的は、我が国船舶の航行の安全を確保するためであるとされているが、我が国は、クウェイトからの原油でさえサウジアラビアの沖にあるカフジ島への送油パイプによって供給を受けていたのであり、同島以北の海域には我が国船舶は航行しておらず、機雷のために我が国船舶が重大な危険にさらされ、石油の輸入に支障が出ているという事実はなかったのである。したがって、ペルシャ湾における機雷掃海の目的は、民間の船舶の航行の安全確保などではあり得ず、真実の目的は、第一にイラクへの多国籍軍艦船の上陸正面の航路を啓開すること(MDA一〇の掃海)、第二に多国籍軍の補給基地をサウジアラビアのダーランからクウェイトへ前進させること(その他の海域の掃海)にあったのである。本件派遣の法的根拠は自衛隊法九九条であるとされているが、本件部隊は、業務掃海を行う地方隊に所属する掃海部隊ではなく、機雷掃海だけでなく機雷敷設の能力を持つ戦闘部隊である自衛艦隊所属の掃海部隊群の航洋性に富む掃海艇ばかりで構成されており、本件部隊がペルシャ湾で実際に行った前記目的に沿った作業の実態からしても、同法九九条による民間船舶のための航路の安全確保の作業ではあり得ないことは明らかである。

このように、本件部隊の行った機雷の破壊・掃海作戦は、明らかにイラクの重視する防衛力・イラクの貴重な戦力に対する破壊活動であり、武力の行使そのものにほかならない。

被告は、イラクが自ら機雷を除去せず、他の国が除去することを当然の前提として機雷の敷設状況についてのデータを多国籍軍側に提供していること及び既に正式停戦が成立していることを根拠にイラクが機雷の放棄ないし遺棄したものと認められる旨主張する。しかし、イラクの機雷敷設状況のデータの提供は、決して自発的に行われたものではなく、情報の提供を拒めば多国籍軍による攻撃を再開するという脅迫により強制されたものであり、イラクの機雷の遺棄の意思の表明ではないことは明らかであり、これが単に停戦が成立したからといって、遺棄の表明になるはずがない。また、イラクの情報提供の相手方は多国籍軍であり、戦争当事国間の機雷敷設の情報の交換とこれに基づく機雷の掃海は純然たる戦争行為、軍事行為にほかならないのであって、右情報によりイラクの機雷の掃海を行った本件部隊の行為は、この間、多国籍軍の構成員となって、その掃海作戦に参加を行ったものであることは明らかである。したがって、本件部隊の機雷掃海は、武力の行使そのものであり、自衛隊法九九条の業務掃海ではあり得ない。

さらに、本件部隊の行動範囲は、一時的な停戦状態が続いているにすぎないイラクと多国籍軍側との戦闘区域であり、まして、MDA一〇はイラクの領海内である。被告は、イラク領海内のMDA一〇については外交ルートを通じて事前にイラクの同意を得たというが、その証拠は全く提出されておらず、我が国が違法にイラクの領海を侵犯した疑いはなお強く残っている。

イラクが停戦協定の受諾に際して、イラクの機雷敷設状況のデータを提供したことは事実であるが、それは戦争当時国間の行為として行われたものであり、この情報に基づいてイラクの機雷の掃海に従事することは、疑いもなくイラク対多国籍軍間の戦争に参戦することであり、本件部隊の機雷の掃海は、自衛隊法九九条の業務掃海などではあり得ず、イラクの意思に反し、イラクの重要な軍事施設を武力をもって破壊する憲法九条違反の武力の行使そのものである。

5  以上のとおり、本件拠出及び本件派遣は、違憲、違法なものであり、憲法の適用を受ける日本国内に居住する原告ら国民の平和的生存権及び納税者基本権を侵害し、原告らに精神的苦痛を与えるものである。

三  本件の争点及びこれに関する当事者の主張の要旨

1  本件拠出及び本件派遣の違憲ないし違法確認を求める訴え(以下「本件違憲違法確認の訴え」という。)の適否について

(一) 原告剣持一巳、原告大橋聰美、原告依田駿作及び原告米田奈柄(以下、これらの原告を総称して「原告剣持ら」という。)の主張

後記2のとおり、平和的生存権及び納税者基本権は憲法が保障した実定法的権利であり、裁判規範性を有する権利である。

そして、平和的生存権及び納税者基本権の具体的内容、効果として、国が憲法の禁止規定に違背して平和的生存権及び納税者基本権を侵害したような場合には、右行為の違憲ないし違法の確認請求権が発生するのである。通常、国民の国に対する抽象的な違憲ないし違法の確認の訴えは、訴えの利益を欠くことになるが、平和という我が憲法が至高とする価値に相応しい人権のありかた及びこの価値の実現に奉仕すべき裁判所の権能のありかたを考慮すれば、こと国の平和遵守義務違反行為については違憲ないし違法の確認を求めて適法な訴えの提起が可能である。そして、納税者は、納税者基本権という主観的権利の侵害を理由として主観訴訟としての通常訴訟等を提起することができるのである。

また、憲法三二条は、国民に裁判を受ける権利を保障しているところ、原告剣持らは、当初、本件拠出及び本件派遣の差止めを求めて本件訴えを提起したが、その後、多くの国民の反対を押し切って、本件拠出及び本件派遣が強行されたため、やむを得ず、差止めの訴えから違憲ないし違法確認の訴えに変更したものであるから、本件違憲違法確認の訴えを不適法として門前払いにすることは、憲法三二条の趣旨に反するといわざるを得ないのである。

(二) 被告の主張

本件違憲違法確認の訴えは、いずれも民事上の確認請求として提起しているものと解される。

ところで、国が行政主体として権限の発動を行うためには、行政機関が必要であり、この行政機関が一定の権限関係において組織され、これによって初めて行政主体としての活動が可能になるものである。右訴えにおいては、そもそも、国のいかなる行政機関の権限行使が問題とされ、いかなる権限の行使について違憲ないし違法の確認を求めているのかが明らかでないが、その実質は、一定の行政機関の行為について違憲ないし違法の確認を求める訴訟にほかならない。したがって、原告剣持らが行政訴訟の方法により何らかの請求をすることができるか否かはともかく、これを民事上の確認請求と構成して国を相手方として訴えを提起することは不適法である。

仮に、この点をおいても、右訴えは、その文言自体に照らし、単なる過去の事実ないしは法律関係の確認を求めるものというほかなく、現在の権利又は法律関係に係る訴えではないから、確認の利益がなく、確認訴訟における対象適格性を欠くものとしていずれも不適法な訴えというべきである。もっとも、過去の法律関係の確認ではあっても、それが原告剣持らの権利又は法律関係についての現在の危険ないし不安を除去するための直接かつ抜本的な紛争の解決手段として最も有効かつ適切と認められるような場合には確認の利益が認められることもあり得ないではないが、既に拠出済みの本件拠出や既に任務を終了して帰国した掃海部隊の本件派遣の違憲ないし違法を確認することが、原告剣持らの権利又は法律関係についての現在の危険ないし不安を除去するための直接かつ抜本的な紛争の解決手段として最も有効かつ適切と認められないことは明らかであり、右訴えは確認の利益を欠く不適法なものである。

2  国家賠償請求について

(一) 原告らの主張

(1) 本件拠出及び本件派遣は、憲法上保障された権利として原告らが有する平和的生存権及び納税者基本権を侵害する違法なものであり、仮に平和的生存権及び納税者基本権が憲法上保障された権利として認められないとしても、原告らの戦争に加担しないで平和に生きたいという思い、人殺しに加担したくないとの信念、自己の納める税金を戦費に使用させたくないとの切実な願いなどは、原告らの人格的利益として法律上保護されるべき利益であるから、これを侵害する本件拠出及び本件派遣は違法なものである。原告らは、右違法な行為により、戦争によってもたらされたる原告ら自身の生命、身体に対する侵害への恐怖と不安、原告らも必然的に人間に対する殺戮を強要され、そのことによって感じる良心の呵責といった多大の精神的苦痛を被ったものであり、これを慰謝するための金額は、原告ら各自につき、一万円を下らない。

(2) 憲法はすべての国民に対して平和のうちに生存する権利を保障している。この平和的生存権は、国の平和擁護義務ないし戦争回避義務に対応するものであって、国民の一人一人が生まれながらにして当然に享受する基本的人権の一つである。平和的生存権の直接の根拠規定は、憲法前文第二段にあり、その内容は主として憲法九条によって特定されている。すなわち、前文で保障する平和的生存権における「平和」の内容は、憲法自身が定めているとおりのものであり、武力に基づく平和でも、軍事力の均衡がもたらす平和でもなく、憲法九条が戦争の放棄を命じ、武力の行使・武力による威嚇を禁止し、一切の戦力の不保持を宣言したことに応じ、このような態様の平和のうちに生存することが国民の権利なのである。

平和的生存権の主体は、人権享有主体としての資格を持つ自然人たる国民諸個人であり、憲法前文が全世界の国民に対して平和的生存権を認めている趣旨からすれば、ここにいう国民は日本国籍を有するものに限られず、日本の領土内に在るすべての人をいうものである。そして、平和的生存権は、裁判規範として、国が憲法の命ずる平和への施策を不履行としている場合には、平和のための施策実施の履行請求の権利を発生させ、国が憲法の平和保持のための禁止規定に違背したような場合には、その行為の違憲ないし違法確認の請求権、国民諸個人の精神的苦痛を慰謝するための損害賠償請求権、一定の状況下ではそうした違背行為の差止請求権を発生させるのである。

以上のように、平和的生存権は、憲法が保障した実定法的権利であり、裁判規範性を有する権利である。被告は、平和的生存権の内容が個別的、具体的に特定しておらず、裁判規範性を肯定することができない旨主張するが、憲法上の権利の内容が抽象的であることは不可避であるところ、前記のとおり、平和的生存権の内容はその核心の部分において明確なものであるし、憲法上抽象的に記載された権利を具体的、個別的な事例へ適用するに当たってこれを具体化し内容を豊かにしていくことが法律実務家の責務なのである。

(3) 憲法は、租税収入(なお、ここでいう租税は広義の租税概念であり、狭義の租税のみでなく、社会保険料、公共料金等や国債等も含む概念である。)をもって国家の財政をまかない、運営する租税国家体制を前提としており、租税国家体制の下では租税のとり方と使い方とが実質的に憲法政治の内容を決めるのであり、憲法の全条項が租税のとり方と使い方を一体として定めたものだといえ、憲法は、租税概念を歳出と歳入を統合したものとして規定している。納税者は、憲法の規定するところに従って税金が使われるということを前提にして、その限度で、そして憲法の規定するところに従って納税義務を負うという権利、換言すれば、憲法の規定するところに従って税金が使われるのでなければ、租税を徴収され、自己の支払った租税を使用されない権利及び憲法の規定するところに従って税金が使われることを要求する権利を持つのであり、これが、納税者基本権である。納税者基本権は、納税者という憲法上の地位に基づいて生ずる自由権、社会権等の集合的な権利概念である。

そして、憲法三〇条は、無条件で納税義務を規定したものではなく、憲法に適合した法律に従ってのみ納税義務を負うことを規定したものである。すなわち、同条は、「国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負う。」と定めているが、ここでいう「法律」とは税金のとり方に関する法律のみならず、税金の使い方に関する法律をも含むのであり、税金の使い方については、憲法の規範原則に基づいて国民の納税した税金が使われるということを憲法三〇条は約束しているのであり、同条の文理解釈から納税者基本権が導かれる。

また、憲法八三条、八四条、八九条等の財政条項は、財政民主主義を規定している。そして、国民主権の下においては憲法の全ての条項は税金の使い方を規定しているのであって、あらゆる租税は憲法上は目的税の一種である新福祉目的税であり、国民の生活をよくするための福祉の目的以外に租税は使わないという前提で国民は納税義務を負っているのである。これらの憲法上の様々な条項を総括して納税者基本権は基礎づけられるのである。

納税者基本権の主体はいうまでもなく納税者、すなわち租税を負担した者であり、ここでいう租税は直接税、間接税を問わず、社会保険料や下水道負担金等の広義の租税概念に含まれるものすべてを意味する。そして、国が憲法に違反する目的のために租税を支出することは、納税者基本権を侵害するものであり、納税者の経済的利益を積極的(租税負担額の増大)、消極的(本来還元されるべき利益の不享受)に侵害し、また、納税者に精神的苦痛を与えるものであるから、納税者は、このような行為の差止めの請求、支出後の損害賠償の請求、違憲ないし違法の確認請求ができ、さらには、課税処分の取消請求を提起することもできるのである。

以上のとおり、納税者基本権は、憲法が保障した実定法的権利であり、裁判規範性を有する権利である。

(4) また、仮に平和的生存権及び納税者基本権が憲法上保障された権利として認められないとしても、原告らの戦争に加担しないで平和に生きたいという思い、人殺しに加担したくないとの信念、自己の納める税金を戦費に使用させたくないとの切実な願いなどの内心的な感情は、原告らの人格的利益として法律上保護されるべき利益であり、これを侵害する本件拠出及び本件派遣によって、原告らは、社会通念上その受忍の限度を超える精神的苦痛を生じており、本件拠出及び本件派遣は国家賠償法上の違法行為である。

かつて、不法行為が成立するのは、権利侵害が要件とされていたが、必ずしも権利とは認められないものであっても、法律上保護されるべき利益を違法に侵害した場合には不法行為の成立が認められるべきであるとの考えが定着し、不法行為の成立要件が権利侵害から違法性へと進展してきたのである。そして、個人の内心的感情も法的保護に値する利益とされることは、判例の流れからも明らかである。

原告らの戦争に加担しないで平和に生きたいという思い、人殺しに加担したくないとの信念、自己の納める税金を戦費に使用させたくないとの願い等が切実なものであり、こうした平和を希求する切実な思いが明らかに憲法に違反する本件拠出及び本件派遣により無残にも踏みにじられ、原告らには到底受忍し難い精神的苦痛が生じたことは、原告らの各本人尋問の結果や法廷における口頭陳述、陳述書等から明らかであって、本件拠出及び本件派遣が、原告らの人格的利益を侵害し、原告らに多大な精神的損害を与えたことは明らかである。

(二) 被告の主張

(1) 国家賠償法一条一項にいう違法性とは、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背することをいうところ、本件拠出及び本件派遣は直接国民に向けられた行為ではなく、これが原告ら個人との間で職務上の法的義務違背の問題となる余地はない。

(2) 原告らがその被侵害利益として主張する平和的生存権及び納税者基本権についても、およそ私法上の権利保護の対象とすることができないものである。

すなわち、原告らが主張する平和的生存権は、その概念自体が抽象的かつ不明確であるばかりではなく、その具体的な権利内容、根拠規定、主体、成立要件、法的効果等のどの点をとってみても一義性に欠け、その外延を画することさえできない、極めてあいまいなものである。したがって、このような平和的生存権は、裁判上救済の対象とし得べき現実的、個別的内容をもったものとはいえないから、これを私法上の権利保護の対象とすることはできない。原告らが平和的生存権を保障していると主張する憲法前文第二段からも、これに憲法九条等を結び付けても、平和的生存権は抽象的概念であって、個別的、具体的な内容をもつものとはいえず、裁判規範性を有しないことは明らかである。

また、原告らが主張する納税者基本権についてみても、その概念、具体的な権利内容、根拠規定、主体、成立要件、法的効果等のどの点をとってみても、何ら明確ではなく、その外延を画することさえできない、極めてあいまいなものであるから、裁判上救済の対象とし得べき現実的、個別的内容をもったものとはいえないから、これを私法上の権利保護の対象とすることはできない。原告らが納税者基本権の根拠とする憲法の財政条項や国民主権、そのほか憲法秩序全体から考察しても、原告らの主張する納税者基本権のような権利を導き出すことはできず、結局、原告らの主張するところは、自己の主観的利益に何らかかわりのない国民一般ないしは納税者としての一般的な資格、地位をもって権利と唱えるものにすぎないというべきである。

(3) 原告らは、仮に平和的生存権及び納税者基本権が未だ権利として確立していなくとも、被告の行為が原告らの法的に保護された利益を違法に侵害するものであれば、国家賠償法一条一項の適用があり、原告らの戦争や人殺しに加担したくないとの思いや信念、税金を人を殺す戦費に使用させたくないという切実な願いなどは法的保護の対象とされるべきものであり、被告の侵害行為の態様の違法性は強度であるから、同項に基づく損害賠償ができる旨主張する。

しかしながら、国家賠償法一条一項が適用されるためには、その前提として被侵害利益が同法の保護を受け得る利益であり、公務員の加害行為によって現実的な損害が発生していなければならないところ、不安、焦燥等、内心の静穏な感情に対する侵害は、現代社会においては一定の限度では甘受すべきものであるし、同法の適用により金銭賠償を受ける以上は、そうした精神的苦痛が金銭的慰謝によって除去又は軽減できるような個人的、具体的損害といえるものであることを要するのであるから、単に個人の内心に抽象的かつ主観的な不安感等が生じたにすぎない場合には、同項の保護の対象となる法的利益とまではいえないし、また、およそ現実的な精神的損害が発生しているとも認められないから、いずれにせよ同項を適用する余地はない。そして、原告らが被ったと主張する精神的苦痛は、結局のところ、原告らの憲法解釈等に反して本件拠出又は本件派遣がされたことによる一種の不快感、焦燥感ないし憤りといったものに等しいというべきものであり、広く原告らと憲法解釈等を同じくする者にとって共通の感情として、いわゆる公憤の域を出ないものであり、個人的かつ具体的な損害といえるものでないばかりか、金銭的慰謝によって除去又は軽減されることのないものであるから、金銭的慰謝の対象とはならず、国家賠償法上救済すべき損害に当たらない。

仮に、原告らが被ったと主張する精神的苦痛が、個人的かつ具体的損害といえるものであるとしても、このような内心の静穏な感情に対する侵害行為が国家賠償の対象となるのは、それが社会通念上甘受すべき限度を超えるもので、その侵害の態様、程度により不法行為が成立すると認められる場合、すなわち、どのような人にとっても異種独特の不安感が生じることが無理もないと認められるような客観的状況が存在することが必要であり、しかも、右状況との相関関係上、加害者の行為態様が違法なものであると評価できる場合に限られるというべきである。

ところが、本件において原告らに発生したという精神的損害なるものは、原告らの主張によっても、原告らの思い、信念、願いなどが害されたことによる単なる不快感、嫌悪感、憤りないし危惧の念にすぎない上、原告らが違法と主張する行政機関の行為は、直接国民に向けられた行為ではないのであるから、国民一般の立場に立つ原告らにとってかかる行為が侵害行為とされて不法行為が成立するためには、侵害の客観的状況が原告らの立場との相関上極めて明白かつ強度なものでなければならないが、かかる行為によって誰にとっても異種独特の深刻な不安感が生じることが無理もないと思われる客観的状況が存在し、その行為が右状況との相関上違法と評価できるほど直接的な場合であることについては全く明らかではなく、仮に、原告らが内心の静穏な感情を害されたことによって個人的、具体的な精神的苦痛を被ったとしても、それが社会通念上甘受すべき限度を超え、不法行為が成立するものとは到底認められないのである。

第三  争点に対する判断

一  争点1について

1  原告剣持らは、憲法が保障した平和的生存権及び納税者基本権に基づき国の平和遵守義務違反行為に対する違憲違法確認請求が可能であるとし、既に拠出済みの本件拠出や既に任務を終了して帰国した掃海部隊の本件派遣という被告の行った過去の行為ないし事実につき違憲ないし違法の確認を求める。

2  ところで、裁判所に与えられている司法権(憲法七六条)は、いわゆる法律上の争訟について裁判を行う作用をいい(裁判所法三条一項)、具体的な争訟事件、すなわち具体的な権利又は法律関係につき紛争が存する場合に初めて発動することができるものであり、裁判所に与えられている違憲立法審査権(憲法八一条)も、このような司法権を発動することができる場合に行使することができるものと解すべきであるから、裁判所は具体的事件を離れて抽象的に行政処分又は政府の行った行為の違憲、違法について判断する権限を有しないのである(最高裁判所昭和二七年一〇月八日大法廷判決・民集六巻九号七八三頁、同昭和二八年四月一五日・民集七巻四号三〇五頁参照)。もっとも、裁判所が法律上の争訟を離れて法適合性を判断することの全てを憲法が禁止しているものではなく、法律によってそのような訴訟形態を設けることができ(裁判所法三条一項)、民衆訴訟に関する規定(行政事件訴訟法五条、四二条)あるいは住民訴訟制度(地方自治法二四二条の二)等もこの点を前提とするものといえる。そして、このような訴訟形態をどのような場合に、どのような要件で許容するかは、三権の分立・牽制に関する優れて憲法政策的事項を検討したうえでなされるべき立法判断というべきところ、現行法の下においては、政府の採った行為、措置あるいは国費の支出等について具体的な権利又は法律関係についての紛争を離れて裁判所が憲法及び法律に適合するかどうかを判断することは予定されているとは認められないから、裁判所がこの点に関する判断をすることができるのは、原告の具体的な権利又は法律関係についての紛争解決のために右判断が必要とされる場合に限られるのである。

したがって、原告剣持らの主張が、原告剣持らが主張する平和的生存権及び納税者基本権に基づき、かかる権利に関する具体的な紛争解決の目的とは別に、本件違憲違法確認請求訴訟が憲法から当然に許容されるとするものであるとすれば、かかる見解を採用することはできない。

3  また、原告剣持らの主張が、原告剣持らが主張する平和的生存権及び納税者基本権に基づき、かかる権利に関する具体的な紛争解決を求めるものであるとすると、本件の請求は、次に説示するとおり、不適法というほかない。

すなわち、具体的紛争解決制度たる訴訟制度は、基本的に現在の争いを解決することを目的とするものであるから、端的に原告の具体的な権利又は法律関係についての紛争の解決を求めるべきものであり、法律関係の確認についても、過去の事実ないし法律関係の存否の確認は、原則として訴訟制度の目的に沿うものではなく、過去の事実ないし法律関係の存否を確認することが現在の紛争の直接的かつ抜本的な解決手段として最も有効かつ適切と認められるときに限って許されるのである。

そこで、本件請求が原告剣持らの具体的な権利又は法律関係についての紛争解決を求めるものである場合に、本件違憲違法確認請求が現在の紛争の直接的かつ抜本的な解決手段として最も有効かつ適切であるかどうかについて検討を加えることとする。

4  本件違憲違法確認の訴えが、民事上の請求として提起された本件拠出及び本件派遣の差止を求める訴えを交換的に変更して提起されたものであること、特定の行政庁ではなく、行政主体たる国を被告とし、原告剣持らが平和的生存権ないし納税者基本権を有することを根拠としていることなどからすれば、本件違憲違法確認の訴えは、民事上の請求として本件拠出及び本件派遣の違憲ないし違法の確認を求めるものであると解することができる。

そして、原告剣持らの主張する平和的生存権ないし納税者基本権が民事法上の具体的な請求権の根拠となるものであり、かつ、これらの権利が本件拠出及び本件派遣によって現に侵害されており、その権利の実現を被告に請求することができるものであるというのであれば、具体的に当該権利の行使として権利侵害の除去を求めるべきであり、また、被告の行った過去の行為により右各権利が侵害された被害が現存するというのであれば、それによる損害の賠償を請求すべきものであって、過去の行為の違憲違法を確認することが原告剣持らの主張する平和的生存権ないし納税者基本権の救済手段として最も有効かつ適切であると認めることはできないのである。したがって、本件違憲違法確認の訴えは確認の利益を欠く不適法なものであるといわざるを得ない。

5  なお、原告剣持らの違憲違法確認請求を行政訴訟であると解しても、原告剣持らの主張する平和的生存権又は納税者基本権が存在するとすれば、これは日本国民又は納税者が等しく有するものということになり、所論は、結局日本国民又は納税者としての地位に基づく民衆訴訟である違憲違法確認請求が法律の規定なしに憲法上当然に認められるべきであるということに帰着するのであって、現行制度の下においてかかる見解を採用できないことは既に説示したとおりである。

6  原告剣持らは、本件違憲違法確認の訴えの確認の利益は、平和的生存権ないし納税者基本権により基礎づけられる旨、また、本件違憲違法確認の訴えは、当初提起された本件拠出及び本件派遣の差止めを求める訴えを無視し、多くの国民の反対を押し切って本件拠出及び本件派遣が強行されたためやむを得ず提起されたものであるから、これを不適法とすることは憲法三二条の国民の裁判を受ける権利の保障の趣旨に反する旨を主張する。

しかしながら、原告剣持らの主張する平和的生存権ないし納税者基本権という権利が国民の個別的権利として存在するとすれば、これを侵害された原告剣持らの救済手段としては、右権利が被告に対する何らかの請求権であるときはその権利を行使し、右権利が違法に侵害されたときは右侵害に対する金銭賠償を求めることが最も有効かつ適切であるというべきである。そして、仮にこうした権利が存在するとすれば、右権利の侵害に対する救済手段として右のような方法がある以上、本件違憲違法確認の訴えを不適法と解することが憲法三二条の国民の裁判を受ける権利の保障の趣旨に反するものでないことも明らかであるから、原告剣持らの右主張は、いずれも理由がないというべきである。

二  争点2について

1  原告らは、本件拠出及び本件派遣により、原告らの権利ないし法的利益が侵害された旨主張するので、まず、この点について検討する。

(一) 原告らは、憲法が、前文第二段を直接の根拠とし、九条で内容を特定して、平和的生存権を保障している旨主張する。

確かに、憲法前文第二段は、「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」と宣言し、同法九条は、戦争放棄、戦力不保持及び交戦権の否認を規定しており、恒久平和主義が憲法上極めて重要な理念であることはいうまでもなく、日本国民が平和のうちに生存することは、その基本的人権の保障の基礎的な条件であって、憲法が全世界の国民について平和のうちに生存する権利を確認し、それが実現されることを希求していることも明らかである。しかし、このことと原告ら個々人がその侵害に対し不法行為に基づく救済を求めることのできる具体的な権利ないし利益を有することとは別個の問題である。

すなわち、いまだ主権国家間、民族、地域間の対立による武力紛争が地上から除去されていない国際社会において、全世界の国民の平和のうちに生存する権利を確保するため、政府は、憲法九条の命ずるところに従い、平和を維持するよう努め、国民の基本的人権を侵害抑圧する事態を生じさせることのないように努めるべき憲法上の責務を負うものということができ、この責務に反した結果、基本的人権について違法な侵害抑圧が具体的に生じるときは、この基本的人権の侵害を理由として裁判所に対して権利救済を求めることは可能といえよう。しかし、「平和」とは理念ないし目的としての抽象的概念であり、ひとり個人の内心において達成し得るものではなく、常に他者との関係を含めて初めて達成し得るものであり、これを達成する手段、方法も多様であるから、「平和のうちに生存する権利」ということ自体から直ちに一定の具体的な意味内容が確定されるものでもなく、それを実現する手段、方法が特定されるわけでもないのであるから、先に引用した憲法前文から裁判規範となるべき個々の国民の権利としての個別具体的な内容を確定することは困難であり、憲法前文を根拠として、個々の国民に対して平和的生存権という具体的権利ないし利益が保障されていると解することはできないものといわざるを得ない。このことは、「平和」の意味内容を憲法九条と結び付けて、戦争という概念と対置される平和ないし武力の行使によらない平和と解したとしても同様であり、やはり、平和的生存権という個々人の国に対する権利又は利益の具体的な意味内容を導き出すことはできないものといわざるを得ない。

したがって、平和的生存権をもって、個々の国民が、国の平和実現のための施策の履行請求や作為義務の存在確認、国の平和遵守義務違反行為についての違憲違法確認や差止請求を求め得る具体的権利であるとか、具体的訴訟における違法性の判断基準となるといったような裁判規範性を有するそれ自体独立の権利ということはできないというべきである。

この点について、原告らは、憲法上の権利の内容が抽象的であることは不可避である旨主張する。

確かに、憲法の基本法としての性質上、その規定が一定程度の抽象性を有することはやむを得ないところである。しかし、前示のとおり、憲法上の規定としての抽象性を考慮してもなお、憲法がこれを個々の国民が有する具体的な内容をもった権利として平和的生存権なる権利を規定しているものと解することはできないものといわざるを得ず、原告らの主張は採用できない。

(二) また、原告らは、憲法上、我が国が租税国家体制をとっている以上、憲法の全条項が租税の取り方と使い方を定めたものであるから、納税者たる国民には憲法の規定するところに従って税金が使われるのでなければ、租税を徴収され、自己の支払った租税を使用されない権利及び憲法の規定するところに従って税金が使われることを要求する権利、すなわち、納税者基本権が保障されている旨、さらに、憲法は租税概念を歳出と歳入を統合したものとして規定しており、同法三〇条に定める「法律の定めるところにより」とは、税金の取り方に関する法律に従うことだけでなく、税金の使い方に関しても法律に従うべきことを意味しているし、憲法八三条以下の財政条項が定める財政民主主義の規定や国民主権の下では、すべての租税は、憲法上、目的税の一種である新福祉目的税であり、福祉の目的以外に租税は使わないという前提で国民は納税義務を負っているのであるから、憲法は納税者基本権を保障している旨主張する。

確かに、憲法九九条によれば、国会議員は憲法に反する支出又は債務負担を議決しない責務を、国務大臣は憲法に反する事務を行わない責務を負っていることになり、財政民主主義が国会の議決、国会の定める法律に基づくことを要請する理由は、主権者たる国民が財政を監視し、言論、表現の自由をもって批判し、参政権を通して議会制民主主義の過程において是正を求めることが期待されているものといえるから、財政民主主義が単に国会による議決を経ることのみを内容とするものではないということができよう。しかし、このことと原告ら個々人がその侵害に対して不法行為に基づく救済を求めることのできる具体的な権利ないし利益を有するかどうかとは別個の問題である。

すなわち、憲法三〇条は、国民は法律の定めるところにより納税の義務を負う旨を規定し、同法八四条は、租税の課税要件及び賦課徴収手続は法律又は法律の定める条件によるとしており、一方では、租税実体法の定める課税要件を充足する事実の発生により、法律上当然に租税債権者たる国又は地方公共団体は租税を徴収する権利を取得し、納税者は租税を納付すべき義務を負うことになり、他方、憲法八三条、八五条及び八六条は、財政民主主義の原則に基づき、国費は、毎会計年度の予算の国会における審議手続を経て、国会の議決に基づいて支出すべきものと定めている。そして、予算の基礎となる国の歳入は、租税が租税法によって徴収されるように、法令の規定に基づいて徴収、収納されるのであって、歳入予算によって初めて租税の徴収権が生ずるものでないことは明らかである。したがって、憲法上、国民の納税義務と予算及び国費支出とは、その形式、実質ともにその法的な根拠及び手続を異にしているのであり、両者に直接的、具体的な関連性を認めることはできないというべきである。

そして、憲法三〇条等は、国民がその代表である議員によって構成される国会で議決された法律に基づくことなく納税を義務づけられ、租税を徴収されることがないことを、憲法八三条、八五条、八六条等も、国の財政を処理する権限は国会の議決に基づくことを要する旨規定しているのであるから、憲法が国民主権及び財政民主主義を規定しているといっても、国民の納税義務や国の財政処理における国民の主権の行使の仕方や財政民主主義の在り方として、国民の代表である議員によって構成される国会を通じてこれを行うべきであるという間接民主主義の制度を予定していることは明らかであって、国費の支出を伴う国のすべての施策について納税者たる国民すべてが納税者たる資格に基づいて直接にその是非を争うというような直接的な制度ないし権利を予定し、これを保障しているものと解することはできないから、原告らの主張を採用することはできない。

結局、憲法を直接的な根拠にして原告らの主張する納税者基本権を国民の主観的権利ないし利益として導き出すことはできず、現行法制上、他にこのような権利を認めた規定は存在しないから、原告らの主張する納税者基本権に基づいて国費の支出の違法是正を求める訴訟というものは、法律に定める場合に限って提起することのできる自己の法律上の利益にかかわらない納税者たる資格で提起する民衆訴訟(納税者訴訟)と同様のものを主観訴訟の形式で提起するものといわざるを得ないのである。

(三) さらに、原告らは、仮に、原告らの主張する平和的生存権及び納税者基本権が憲法上保障された権利として認められないとしても、原告らの戦争に加担しないで平和に生きたいという思い、人殺しに加担したくないとの信念、自己の納める税金を戦費に使用させたくないとの切実な願いなどは、原告らの人格的利益として法律上保護されてしかるべきであり、本件拠出及び本件派遣によって、原告らは、国が他国の武力紛争に関わることによりわが国が一方当事国の敵国として攻撃を受けるのではないかとの原告らの生命、身体に対する侵害への恐怖と不安、被告の行為により原告らが殺戮を強要されることによる良心の呵責という精神的苦痛を受けたと主張する。

確かに、国家賠償法一条一項の損害賠償請求の対象となる国の不法行為は、確立された権利に対する侵害行為のみならず、未だ権利としては明確に確立されていなくとも法律上保護されるべき利益に対する侵害が違法であると認められれば成立するものというべきであり、個人の内心的な感情も、それが害されることによる精神的苦痛が社会通念上受忍すべき限度を超えるような場合には、人格的な利益として法的に保護すべき場合があり、それに対する侵害があれば、その侵害の態様、程度いかんによっては、不法行為が成立する余地があるものと解すべきである。もっとも、人が社会生活を営む以上、内心的な感情が刺激され、葛藤を生じ、これが害されたとして不快感、焦燥感等の一種の精神的苦痛を感じること自体は避け難いことであるから、内心的感情を害されることによる精神的苦痛が社会通念上受忍すべき限度を超えたと評価されるためには、一定の特殊な地位にあること等によって通常の社会生活の中では生じ得ないような深刻な不快感、焦燥感等が生ずるなどすることが必要であると解すべきである。

そこで、原告らが個人的な被害であると主張する精神的苦痛について検討するに、まず、本件全証拠によっても、本件拠出及び本件派遣によって原告らの生命、身体に対する侵害への恐怖と不安が現実化したものと認めるには足りない。

また、被告の行った本件拠出又は本件派遣は国家としての政策決定に基づく行為であって、国家の政策決定が全国民の個々の判断と一致していることを意味しないことは多様な価値基準の存在を前提とし少数意見の存在を内包する民主国家においては当然のことであって、原告らが被告の採用した政策決定を批判し、原告らの見解の正当性を広めるための活動をすることも禁じられるものではないのであるから、本件拠出又は本件派遣によって原告らが湾岸危機における戦闘又は武力行使に加担したという法的関係には立たないのである。

そして、原告らが本件拠出及び本件派遣により侵害されたと主張する戦争に加担しないで平和に生きたいという思い、国家の行為を介して他国民の平和に生存する権利の侵害に加担する結果となることへの日本国民又は納税者としての精神的苦痛、人殺しに加担したくないとの信念、自己の納める税金を戦費に使用させたくないとの切実な願いなどが憲法の保障する自由又は権利の保持を求める熱誠であるとすれば、憲法及び法によって認められた権利を行使して自らの主張、見解を表明し、賛同者を広めることはなんら妨げられるところではなく、かかる行為について自制、受忍すべき限度を論ずることも適切ではない(憲法一二条)。しかし、原告らの精神的被害をこのように位置づけるときは、右内心的感情は、本件拠出及び本件派遣に関して個別的、具体的に特別の関係を有することにより生ずるというものでなく、原告らと憲法解釈等を共通にする国民一般に広く生じ得る公憤ないし義憤であって、不法行為に基づく救済を求めることのできる利益ということはできないのである。

他方、原告らの主張する精神的苦痛を個人的な苦痛として解する場合には、その苦痛そのものは、間接民主制の下において決定、実施された国家の措置、施策が自らの信条又は憲法及び法の解釈に反することによる個人としての憤慨の情、不快感、焦燥感、挫折感等ということになるが、かかる精神的苦痛は、多数決原理を基礎とする決定に不可避的に伴うものであって、間接民主制の下における政策批判、原告らの見解の正当性を広めるための活動等によって回復さるべきものであるから、本件拠出及び本件派遣により、こうした原告らの内心的感情が害されたとしても、これをもって、直ちに社会通念上甘受すべき限度を超えたものであるとか、こうした個人の内心的感情が法的保護に値するものであるということはできないといわざるを得ないのである。なるほど、原告大江志乃夫、原告伊達政子、原告三宅信雄の各本人尋問の結果、甲い号証として提出された原告らの陳述書等及び弁論の全趣旨によれば、原告らの戦争に加担しないで平和に生きたいという思い、人殺しに加担したくないとの信念、自己の納める税金を戦費に使用させたくないとの願いが切実なものであることが認められるが、そうした思い等がいかに強く、切実なものであったとしても、これによって、直ちに右社会通念上受忍すべき限度が左右されるものではないのである。

原告らは、国の憲法違反の行為による国民の内心的感情の侵害を許さないことが法令等の違憲審査権を与えられた裁判所の責務であるとも主張するようであるが、かかる見解は国の憲法違反の行為については一般の不法行為とは異なる基準に立って内心的感情に法的保護を求めるものであって、その実質は、国民の内心的感情の侵害を理由とするものの、精神的苦痛の具体的な要保護性を要件とすることなく、国の行為に対する違憲審査を一般的に許容する訴訟を求めるものであって、かかる訴訟形態が現行制度上認められていないことは既に説示したとおりである。

2  以上のとおり、原告らが本件拠出及び本件派遣により侵害されたと主張する権利ないし利益は、いずれも損害賠償により法的保護を与えられるべき利益とはいえないというべきであるから、その余の点について判断するまでもなく、原告らの損害賠償請求には理由がないことになる。

三  結論

よって、原告剣持らの訴えはいずれも不適法であるから、これを却下することとし、原告らの損害賠償請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官富越和厚 裁判官岡田幸人 裁判官竹田光広は、填補につき署名捺印できない。裁判長裁判官富越和厚)

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